あなたは福岡の「Mantra」というバンドを知っていますか?


Mantra - カルカッタ狂走曲(PV) - YouTube

今晩は。
最近、スロットで一度に5万円も勝ったのに、一週間で全てスロットに飲まれました。人生ってそういうものです。
お金は無いのに寿司と焼肉ばかり食べて太りました。いいご身分です。

初めはレッド・ツェッペリンを貼ろうと思ったのですが、レッド・ツェッペリンが格好いいことは当たり前なので止めました。
はてなブログでまだ誰も取り上げてなさそうなバンドということで、「Mantra」です。

彼等の素性はよく分かりませんが、福岡を中心に活動してるそうです。彼等の動画には天狗がよく出てきますが、「天狗バンド」とかいう○ンウィズのパクリバンドとは関係ないみたいです。
特徴としてはとにかく「とっ散らかってる」。天狗なのか、河童なのか、インドなのか、サーファーなのかもう訳が分かりません。ライブ動画ではアンダーアーマーの下着一枚で歌う姿が見られます。キャラが分からない。
とにかく何がしたいのかよく分からないバンドですが、曲は何とも言えない中毒性です。胡散臭いものが好きな人にはお勧めします。

冴えないの男の99%は星野源が大嫌いで大好きだと思う。

「性的地獄」(源さんはGuitar担当) - YouTube

おはようございます。
先程偶然この動画を見つけまして、タイトル通りの感想に至った訳ですが、何というか「星野源」という男はあれですね、世の凡百の男性が思う「俺もこうなりたかったのに」感を体現してますよね。
趣味嗜好のレンジの広さは親しみを感じさせつつ、何で星野源が推すと良いものに見えるのに俺だとダメなんだろう…と思わせる所が、愛憎を掻き立てられるんですよね。本当に「星野源なんて大ッ嫌い」で、やっぱり好きです。結婚して欲しい。



ちなみに動画の説明をすると、星野源とセッションしている洪申豪は台湾のロックバンド「透明雑誌」のフロントマンで、「性的地獄」はそのバンドの代表曲です。台湾とか韓国とか、その辺のインディー音楽に詳しい方がいらっしゃるなら、他にも色々教えて欲しいですね…

はい。

なんとなく近況です。

引っ越すことになりました。
前々から決まっていたことですが、家探しに苦労してなかなか進んでいなかったのが、先々週くらいからトントン拍子に進んで決まりました。
物件案内の方が方向音痴だったり、待ち合わせに怪我で足を引き摺って現れたり色々ありましたが、まぁオッケーです。

東京競馬場で開催された日本ダービーを観に行きました。勿論賭けたんですが、スワーヴリチャードを外したせいで当たらず…難しいですね競馬は。
パチスロはここ最近絶好調なのが自分でも不思議ですが、先月先々月と負けた分を考えたら「ギャンブルはやった時点で負け」ってことがよく分かります。


相変わらず話すことも無いような日々ですが、とりあえず生きてます。

人が怖い、人が憎い。なのに

先日、福祉事務所に紹介された心理相談員と話す機会があったのですが、発達障害者の投薬体験についての参考資料として、「借金玉」氏のブログ記事(のコピー)を渡されるという珍事がありました。

そんなことは置いといてタイトルテーマです。
「人が怖い、人が憎い。なのに」
私は基本的にいつも怯えています。他人は何時でも私のことを忌み嫌って攻撃してくるものだと思っているので、見知らぬ人を見るだけで常に緊張してしまいます。
私自身が、人から好かれるような人間になる努力を怠っているという理由もあると思いますが、毎日のようにすれ違う他人からジロジロと睨まれたり、或いは目を背けられたり、時に罵声を浴びせられたり、というのは辛いものです。

人間は心の弱さに敏感なので、そういう弱い人に対して容赦しません。道を歩いていても押し退けられ、態度は傲慢になり、悪意ある視線を送ります。
そういったことがある度に私は傷付き、憎しみを心の中に蓄えた結果、私自身が他人を睨み付け押し退ける人間になってしまいました。
攻撃は最大の防御と言いますが、心の弱さの顕れとして他人への攻撃性を身に付けていくのだと思います。

退屈で仕方無い私は度々パチンコ店に行っています。当然のように誰とも関わりません。退屈だから行くだけで、お金を増したいわけではありません。なので研究もしませんし、極稀に勝ったところで使い道が無いので、やはりパチンコ、パチスロ、競馬等に注ぎ込み、ただひたすらお金と時間を消耗しています。

退屈な日々の中で、ふと人恋しくなるときがあります。私は恋人や親しい友人はおろか、家族すらいません。一度も居たことが無かったと言えば、恐らく嘘になりますが、私は何もかも失ってきました。
酒、煙草、ギャンブル等あらゆる依存を抱え、まともな社会生活とは程遠い日々を送る私が今辛うじて「仕事」を続けられているのは、一重に退屈や孤独感の埋め合わせなのだと思います。


纏まりのないままですが、疲れたので筆を置きます。「なのに…」の後に続く言葉は想像にお任せします。

ブログを始めたのに書くことが無いのは何故か

さて、タイトルの通りである。
Twitterを凍結されてから、日々呟きたいことは浮かぶのに、書く場所がない。
しかしブログに書こうと思っても、とりとめがない話ばかりだし、何よりまだはてなブログの使い方も慣れていない。
先日投稿した文章を読み返してみたが、あまりに稚拙で頭が悪そうな内容に我ながら頭を抱えてしまい、また文章を書こうという気力がなかなか湧かないというのもある。

今私は職場のトイレに篭り、スマホからポチポチとこれを打っている訳だが、最近のことを話そうにも、どんな音楽を聴いたとか、テレビを見た感想とか、そんなものしか殆ど浮かばないのだ。
そもそも現在、このブログ自体に読者というのが存在してないようなので、どこに向けて書くのかもはっきりしない。
遺書ブログと名乗ってはいるが、遺したい言葉など実際は無いのかも知れない。

「まさおの夢」という歌がある。
概要や歌詞はこのブログ記事( http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/133420/63100/13142283 )に詳しいので読んでもらえばいいのだが、
この歌を聴くと何処か身につまされるような所を感じる。
ヒトから生まれた「まさお」はヒトではない生き物。まさおは自らの子供と作る「子まさお国」の夢を見る。
何処かの国の独裁者の話のようでもあるし、孤立した全ての者へ歌っているようでもある。
フランケンシュタインの恋、なんてドラマも流行ってるようだが、ヒトならざる者はヒトに恋することは出来ても、ヒトと本当に愛を交わすことは出来ない。
何故ならば、まさおはまさおであり、ヒトではない。
ヒトにはヒトの世界があるが、その世界はヒトのものだからだ。